2002 原水爆禁止広島世界大会へ出席して
今回は木村民子議員、y君と一緒に8月4日〜6日まで、広島の世界大会と慰霊式典に出席しました。 私が初めて広島を訪れたのは、1982年のヨーロッパの反核運動の盛り上がりに呼応して開催された 「3・21平和のためのヒロシマ行動」(20万人規模)が最初でした。 当時は東京でも「平和のための東京行動」が数十万人規模で代々木公園で行われ、ニューヨークでは、120万人の反核集会が開催されました。当時大学を卒業したばかりの私にとっては、本当に貴重な体験をしました。その時、神戸、岡山、山口、長崎にも訪問し、各地の青年達との反核・平和の交流を行い、語り合ったことは、印象的でした。
21世紀は平和の世紀であるようにと世界の多くの人々は願っていました。しかし、同時多発テロ以降のアフガニスタンへの米軍の攻撃、フィリピン等をはじめとする米軍展開・地域戦争、日本の自衛隊の中東での米軍への支援は、21世紀も戦争の世紀であることを証明しました。 しかも日本は「普通の国」として戦える国家になりつつあります。日本は、今戦後最大の平和の危機にあります。小泉内閣の提案している有事法制が成立することになれば平和憲法が死ぬという状況です。
広島大会では、「アメリカの核戦略と日本」分科会に出席しました。分科会での報告は、端的に言うなら「米軍のイラク攻撃」と「米軍の先制核攻撃」が焦点になっているということです。アメリカから参加したケビン・マーティン氏は、「非核兵器国をターゲットにしたミニニューク攻撃は、ブッシュの願望だ。ブッシュが大統領選挙で再選されるならば、本格的な核実験も再開されるであろう。」という分析を述べました。 前田哲男氏は、「ブッシュ政権による単独覇権主義と宇宙支配」狙い述べ、「日本の有事法制の阻止と非核地帯条約の締結こそ、日本の平和の要」と報告しました。
「ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬ へいわを へいわをかえせ」広島市の平和公園に刻まれている峠三吉氏の詩は心に強く響きます。 日本の平和の原点である広島・長崎の被爆体験を語り継ぐことは、私達日本人の責任です。私達は今後も非核・平和の闘いを地域で続け、訴えなければなりません。 秋の臨時国会での「有事法制」廃案は厳しい闘いですが、日本の平和の岐路となっています。
2002年8月27日 鹿倉泰祐
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