文京区議会・九条の会
設立総会

 2005年6月1日、文京区議会において10名の議員により「文京区議会・九条の会」設立しました。23区においては、北区議会についでの設立となります。
 会の準備は、本年の2月から始め、設立趣旨については、3月に直接各会派に文書を渡し意見を求めてきました。4月16日に設立準備会を10人の参加で行いました。
 文京区議会・九条の会の設立、アピールの採択、ホームページの開設、「私と憲法」の作成、参加議員の拡大、今後の会の運営、区民と連携した憲法九条についての学習や活動を行うことを合意しました。(参加議員の政党所属は、共産党、社民党、無所属となります)
 設立総会を傍聴された区民からは、「憲法九条についての区民の活動と連携して欲しい」「会ができたのはうれしい。九条以外の憲法の条文についても憲法調査会の報告等も含め、区民に分かりやすく説明できるような活動をして欲しい」「九条を守るという裾野を広げるような活動をして欲しい」との意見が述べられました。
         会の連絡先は、文京区議会 市民フォーラム 鹿倉泰祐

憲法九条を守るための区民のみなさんへのアピール

 憲法九条を守るために、区民のみなさんに心から訴えます。
 五千万人を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだし、日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定しました。
 今、日本国憲法は、大きな試練にさらされています。私たちの目の前では、戦争の放棄と戦力及び交戦権を否認した憲法第九条をめぐる様々な議論が行なわれています。しかし、憲法九条は、まさに日本の宝であり、今日の内外の状況は、むしろ憲法九条の精神を世界に広げることを私たちに求めています。
 第二次世界大戦の惨禍は文京区の歴史にも深く刻み込まれています。1945年2月25日から5月25日までの空襲によっても多大な被害を受け、多くの尊い生命が失われました。文京区史では「こうしていく度かの空襲で、区内では本郷区も小石川区も大変な焼野原」となり、多くの死者を出したと記録されています。
 平和に対する区民の願いは、「文京区平和宣言」(1979年)と「文京区非核平和都市宣言」(1983年)に結実しています。「文京区平和宣言」では「世界の恒久平和と永遠の繁栄を願い、ここに平和宣言を行い、英知の友愛に基づく世界平和の実現を希望するとともに人類福祉の増進に努力する」ことを明らかにし、「文京区非核平和都市宣言」では「非核三原則の堅持とともに核兵器の廃絶と軍縮を全世界に訴え、非核平和都市となることを宣言する」ことで、区民の平和への思いを内外に明らかにしてきました。
 区民のみなさん、平和を求める世界の市民と手をつなぎ、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせましょう。憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させようではありませんか。憲法九条をもつ日本こそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面で協力関係をつくることができるのです。
 私たちは18万区民の代表として、議員自らが憲法九条を守るために具体的な行動を起こすときと考えます。私たちは、一人ひとりの理性と良心に従い党派を超えて立ち上がり「文京区議会・九条の会」を結成します。   

2005年6月1日

文京区議会・九条の会(アイウエオ順・敬称略)

木村民子  国府田久美子  小林進  佐藤憲和 鹿倉泰祐

島元雅夫 関川今朝子  高畑久子 田中和子 村越まり子